彼女

 時間があんまりないので、急いで書いて参ります。乱文乱筆のほどご容赦ください。

 最初見た時に、あ、この子は殺されたい子だって分かりました。
 彼女は殺されたいという表現は一度しか使いませんでした。どんな対象であっても生きたり死んだりの話を嫌う彼女でした。命を恐れるあまり、奉仕活動の雑草抜きでさえ理由をつけて見学をしていた彼女でした。彼女は終わりたいという表現を好んでいました。ただしそう言う時の彼女は、他に言葉があるはずというように、口を苦しそうにしていました。

 殺されたい子というのは一目見れば分かるものです。立ち居振る舞いや表情にありありと出ています。と言うより、わたしは殺されたい子しか見る事が出来なかったのです。そうでない人とは一緒に遊んだり話をしたりしていても、自分が遊んでいる事も何を話しているのか実感する事も出来なかったのです。どうしてこうなんだろう、どうしてパパとママとお喋りしていても、わたしは何も感じないのだろうと、ずっと不思議でいました。そして愛に応える事の出来ない自分がとても辛く悲しく、より一層殺して欲しいという思いを強めました。
 こういう事がありました。小4の時わたしは初めて殺されたい子と出会い、薄々感じていた自分の性質を確認する事が出来ました。やっと人間に出会えた、という感じがしました。ただ、自分がどうしたらいいかが分かりませんでした。その子の悲しみをわたしは毎日熱波のように浴びながら、当たり障りのない関係で居る事しか出来ませんでした。その子が転校する時になって初めて、わたしは突然その子の親に訴え出ました。その子がどれだけ苦しんでいるか、どうにかしなければいけないんだという事を、必死で伝えようとしました。幼いわたしは、ちゃんとした言葉にする事は出来ませんでした。わたしの親もその子の親も、さぞかし困惑したのでしょう。苦り切った顔で、また会えるから、お別れしましょうねと別れの挨拶をわたし達に言わせようとしました。その子とわたしは指切りをしました。その子は笑っていました。どうしたらいいか分からないよというくしゃくしゃな顔で笑っていました。その子に笑いを強要した親達も自分も心底憎らしく、耐えがたく思えました。黒い怒りの塊になってしまったと感じました。そういう訳で、わたしは自分の小指を認める事が出来なくなりました。小指の存在を忘れるように勤め、書き取りの時も給食の時も小指を使っていない事を人から隠そうとしたりしました。
 そうして中2の冬、4年を挟んでいたとしてもわたしにとってはあの子との入れ違いのような感じで彼女が転校をしてきた時に、わたしは激しく動悸をして泣き出しそうになりました。ほんの14年の人生とはいえ、そのうち人間に出会えたのがたった2人目では仕方のない事でしょう。
 余人の居ない時にわたしは彼女に、君は殺されたいの?と訊きました。彼女はわたしの顔から視線を首、胸、腕へと落としていき、貴方はどうして小指を呪っているの?と訊き返したのでした。

 わたし達は色んな事を話し、色んな事をしました。
 わたしには死にたいという理由はありませんでした。ただ死にたかったのです。彼女には終わりたい理由がありました。彼女の理由は父でした。それは終わりたいと願うに足るもので、その理由の正当さにわたしは羨みもし、自分が非常に我儘に思えて情けなくなったものです。同様に、彼女は自分の理由を卑俗なものだと恥じていました。わたし達はお互いを憧れ合っていました。
 ただ歩き慣れた道を歩いているだけで息苦しくなってしまうわたし等ですから、週末にはなけなしの小遣いでバスや電車に乗って見知らぬ街へと行きました。見知らぬ街の見知らぬ道を歩いているだけで、やっと呼吸が出来たような気がしたものです。
 わたしと彼女は恐ろしく良く似ていて、また全く違っていました。命を極端に敬う彼女に対して、わたしは命に全く関心がありませんでした。わたし等は墓地は好きなくせに、自分のお墓を作られるのは嫌だという事で意見が一致していました。でも、もしお墓に花を手向けてもらうのならば、薔薇のドライフラワーがいいな。彼女は言っていました。わたし自身は花には全く興味が無かったので、ふうんと思っていたのですが、彼女にそう言われてから薔薇のドライフラワーを改めて見た時に、予定された死をそこに見た気がしてすごく落ち着いたのでした。またある時、葦の葉から夜露が滴り落ちるのを見た時に、彼女が泣きました。夜露が生まれた事に感動したの。彼女の泣く姿を見る事で、わたしも感動をしました。何かが生まれた事で感動するという事を、彼女を通してわたしは味わえたのです。彼女が隣に居る時だけわたしは命を感じる事が出来ました。
 わたし等はいつも一緒に泣きました。わたし等は全く違っていたのに、一つで居るしかしようがなかったのでした。

 中3の夏、彼女から打ち明けられました。彼女の父が最近優しくなったのだと。もう父を憎めないかもしれない、終わりたいと思えなくなるかもしれない、貴方の事もただの男の子に見えてしまうかもしれない。彼女もわたしも、ただ、分からなくなっていました。唯一言葉が通じる相手を失うという事に耐えられる気がしませんでした。こんな事で、失くなってしまうの?信じられない思いでした。人間の居ない世界で、わたし等は生きていけるのでしょうか。

「だから、私を してください」

 わたしはそうしました。夕暮れ山の中、蛙がうるさく鳴いていました。緑と赤。薔薇のドライフラワー。ただただ愛おしい行為でした。これはわたしの大切な行為なので、誰にも詳しく伝える気はありません。そもそもその時間がありません。時間といっても、何がどうする訳でもないです。ただ終わってしまうので、時間が無いのです。