10月1日

自分の卑怯さや策略を見抜いてくれる人は心地いいな。


蟻が、逃がしても逃がしてもカーペットの上にあがってくる。面倒なので、ほとんどの蟻は玄関のタイルの上に放り投げている。死んでしまっている蟻はゴミ箱に捨てている。一匹、多分僕が下敷きにして、身が捩れて小さく震えているもう死ぬしかない蟻が居て、その子だけは芝生の土の上に置いてきた。


蟻は逃がすのに蚊は仕留めている。うう。


月さん元気かな。今もしゃぼんだまで遊んでいるだろうか。歌を歌っているかな。そうなら、いい。


優しい人ばっかりみんな脱落していって、本当に、もう、


優しい人は知り合ってすぐにみんな悲しい事になってしまう。もうそういうのは嫌だよ。僕と知り合わなければいいのかな、とかそういう運命論みたいな事、考えるのはその人たちに失礼なんだろうけど、もうそういうの見たくない。みんな幸せになってください。


最後に泣いたのは13歳くらいだったかな。泣き虫な自分を無理矢理消してやった。

悲しくなるとニヤニヤケタケタ笑うようになった。そういう自分が面白くてもっと笑った。はっはっは。

今はもう笑わないです。でも自分を歪めていた期間の涙が、体中に溜まっているんじゃないかなって思ったりする。

もうしないというだけで、僕は今でもどんな悲しみもゲラゲラ笑える。しないだけで。19年飼った犬が死んだ時も、祖母が亡くなった時も、笑える自分が居るのを感じた。

あはは

悲しい時にケラケラと切り裂くのは本当に楽だ。楽しい。快感だ。世界一になった気分。でももう、あんな簡単なものに頼ったりはしない。愛する方がいい。


指先の赤 全部全部まだ生きてる


パパもママもせーじくんもえりちゃんも皆いつか死んじゃうなら、どうしたらいいんだよって、ずっと怒って落ち込んでた。


子供って産んでいいのかな。だっていつか死んじゃう。その子が好きな人も死んじゃう。どうやって産んだらいいんだろう。

3歳くらいで世を儚んで自殺してしまったらどうしよう。僕は3歳をどうやって生き延びたんだったっけ。


哲学を全て分かってからでないと生きるのを始められないって思ってたな。

1+1=2が分からないのに、微積なんて分かる訳ないじゃん?くらいのノリで、友達が生きてるか死んでるかも分からないのに、友達を信じる信じないとか考えられる訳ないじゃん?とか思ってる小学生どうですか。


迂闊にも雀が鳴いている事に感動しそうになった。


木漏れ日がなんで綺麗かを考えるのに、DNAを理由にする必要ある?


当たり前のことが全然分からないよ。

って、それこそ当たり前だった。


なんだろうか、自分の考えがどこに辿り着いた訳じゃないのに、強くなろうっていう意欲が沸き上がってる。意欲というよりは、心が勝手に反発しているみたいだ。出来る事を探して出来る事をやるんだ、何を見てしまったとしてもだ。