9月18日

言葉にする時に切り捨てているものの多さが、本当に苦しくなる。


先週末はお友達のウェディングパーティーに行って来ました。どういう訳か人の多い所だと、会話が(聞こえているのに)聞き取れなくなってしまう。ちゃんと返事が出来なくってすごく申し訳なかった。


自分の毒舌嫌になる。お友達へのメッセージを吹き込むレコーダーが回って来た時、「言う事なんもねぇ」って言ってしまった。なんでだ…。

その場にいない他の友達がお金遣いがちょっと荒くて、大丈夫かなあって心配する話をしていた時に「あの人病気で3回くらい死んでてもおかしくないんだから、生きてるうちに使えばいいんじゃない?」とか。なんで言ってしまうんだろう。


全てを同等に愛したいのだけれど、仕方がないのだと切り捨てられたものの方が、その結果生き延びたものよりも、どうしても好きになってしまう。自分のこういう狡さが本当に憎い。


空が毎日変わるというような事が、そういう茶目っ気だけが、僕を今でも生かしてくれています。そういうものが世界中を覆えばいいのにな。


すごく久しぶりに、強くなりたいなと思ってる。普段は、強くないものでも生きられなければ不当だと思っている。


以前とてもとても好きでそのものに殉じようとして、そのせいで色んなものとかそれを好きだった気持ちとかをぐちゃぐちゃにしてしまった、そういうものを今見た。今でもすごく好きで、僕の中にあるけれどでももう僕ではないから、それに星をいっぱいあげたいと思った。


今日もコーヒーゼリーです。


あるでん亭のペペロンチーノを食べるためだけに、新宿の近くに引っ越したい。